9月9日は我が移住地の48回目の移住記念日。
本当は9月7日なんですが、その日はブラジルの独立記念日で、国をあげて盛大に
お祝いをするので、日本人の移住記念日はずらして式典を開きます。
毎年同じように聞かされること。48年前に日本人がアマゾン川をのぼって
この町に上陸すると、パレードが出て町中が大騒ぎ。それを見た日本人たちは、
自分たちがこんなにも歓迎されていたのか、と感動に涙を流した。かどうかは
知らないけど、とにかくびっくりしたんだとか。後から聞いたらその日はブラジル
の独立記念日‘セッチ・セッテンプロ(9月7日)‘だった。なーんだ、勘違い!
というお話。
式典は、
紅白の幕や2枚の国旗を飾り、国歌斉唱に続いて先没者に黙祷をささげ、そして
移住地誕生をいわってハッピーバースデーブラジル語版を歌う。
毎年の恒例行事。
先没者の名前を掲示するのをてつだっているときに、会長さんから、ぽつりぽつり
と亡くなられた方々のことを聞いたりしました。
過酷な開拓時代にマラリアなどの病気で亡くなった方、森林を伐採していて大木の
下敷きになって亡くなった方、名前もない赤ちゃんの時に死んでしまって
「○○の長男」としか記されない方、苦悩の末に自ら命を絶った方。
わたしはまだここに2年と少ししかいないのですが、そういう話をきいていると
ここの移住者のひとりになったような、なんだかいろんなことが他人事と思えない
気持ちになります。
式典のあと、
みんなでおいしいフェイジョアーダを食べながら、先日初めて日伯が主催した
盆踊りフェスタのビデオを見ました。
浴衣姿の奥さん方が出てくると
「よぉー!ドナ・マリア!!」
と拍手がおこり、初めて浴衣を着たマリアさんは恥ずかしがりながらも満面の笑み。
あのフェスタは準備の時間が足りなくて、前日までへとへとになるまで走り回ったし、
当日も手際が悪くて苦労した。周囲の評価も100点ではなかった。みんな口には
出さないけれど、「一体、どうだったんだろう?」という不安は持っていたはず。
でも、こうしてみんなでビデオを囲んだら、やってよかった、といわなくてもそれが
みんなの顔にあふれてきて、
ワタシは何よりそれが嬉しかった。
内輪だけの自己満足かもしれないけれども。
移住48年目、デカセギが始まって日系人がこの町から流出しはじめて11年目、
日系コロニアの衰退は顕著だけれど、やっぱりみんなで集まってなんか楽しいこと
をしなくっちゃね。
と、しみじみした短期移住者&日系コロニアボランティアの1日でした。