11月27日(火)
12月2日(日)に世界一斉に行われる日本語能力検定試験に、初めて私の生徒が
挑戦することになって、はるばる州都ベレーンまで下ることになった。
日曜日の試験のために火曜日に出発しなくてはならないのだから、この旅はこどもたちに
とっても一大事だ。
夜8時。
ぴかぴかの運動靴をはいたTくん、そのお姉さんで保護者役兼受験者のYさん、
ベレーンにいって「マシュマロ」を買うんだ、とはりきっているMちゃん、
そのお父さんのKさん、わたし。
港に集合し、ハンモックをそれぞれの場所に吊り、それぞれの想いをムネに、出航。
TくんYさん姉弟はこの町から出ることさえ何回目、ということなのに親なしの旅行
などは今回がはじめて。緊張の面持ち。
甲板から空を見上げると、高級バニラアイスクリームのような上品な黄色のお月様。
お月様は晴れているのに、どうも目の前はくぐもっていて、視界が悪い。雨が降るの
かなと思いきや、それはもやではなくて、山焼きの煙だった。
雨季が近い今の時期、農家は一斉に森に火を放つ。禁止されてはいても、
まだまだここの農業は焼畑農業。飛び火して、作物が焼けてしまって大損害を被る
といった事件も多発するから、この時期はみんなぴりぴりしている。畑に火が
入ったとなれば夜中でも火消しに飛んでいかなければならない。
その煙が、この広いアマゾンに充満しているのだ。火事の焼け跡をゆくようで、息苦しい。
11月28日(水)
朝4時。対岸の町に到着。
ねぼけまなこでハンモックから顔をあげると、川の向こうに林立するビル群。
マンハッタン…
なぜか実際に見たこともないマンハッタンを想像した。
そんなわけない!
もういちど目をこすってめがねをかけて見てみたら、中州ににょきにょきのびた
「林」だった。「林立する」ということばの語源を視覚で知った。
ここでベレーン行きの船に乗り換えなければならない。
船着場がかなり離れたところだったので、近くにいた小さな船をチャーターしていく
ことになった。乗り移ってみたら、なんとそれは「すいか船」。船の中はごろごろと
すいかだらけ。どうやらすいか売人の船だったみたい。
大アマゾンを、すいかと共にゆく。(なんだかとてもかわいい光景だ。)
ベレーン行きの船、デジャー・ビエラ号に乗り移り、ハンモックを吊り、いよいよ
本格的に出発。すでに1日経過しているが。
6時間ほど走って、ふと町らしい明かり群を対岸に見る。
「なんていう町?!」
「我が町だよ。」
「…!?」
そうだった。対岸の町へ渡ったのだけれど、その町は我が町の少し上流にあり、
下流のベレーンに向かうときにもう一度我が町を通るのだった。
・・・先は長い。
11月29日(木)
さむっ。
夜のハンモックは冷えるのだ。
朝方までずっと雨が降り続き、昨夜の揺れであまり眠れなかったのもあって、
午前中はハンモックの中で毛布にくるまり、ぬくぬくとしている。この船、
雨が降っているからといっても閉める窓があるわけじゃない。
屋外生活みたいなものなんだ。移動式キャンプ船。
ぼんやりとくだらないことをあれこれ考えながらハンモックから顔だけ出して
船の中を眺めていた。
マナウスから来た船らしく、外国人観光客もみかける。
(マナウスは世界に知られるアマゾン観光のメッカ)
バックパックを背負った若者たち、たいがい、オランダ人かドイツ人だろうと予測。
なぜか多いのだ。オランダ、ドイツ。
お昼ごはんは魚あり肉ありのご馳走に満腹、満足。
前回、超満員船に乗った時は最悪だった。失礼ながら「囚人船」と呼んでいるが、
ウソではない。食事となれば「ぴぃーーーーー!!」と笛で呼ばれ、皿が投げるようにして
配られ、出てきた食事を急いでかきこまなければならない。だって、後ろで待つ
人達の目が空腹でギラついているのだからゆっくりなんて食べていられない。
船の食卓が狭いので4回5回に分かれてとらなければならないのだ。
メニューは毎日鳥肉の何かだった。
それに比べて。
ちゃんとナイフとフォークを使って落ちついていただける食事。
シャワーも1日1回くらいきちんと浴びようかなという意欲のわくシャワー室。
前回はできるだけ行かなくてもいいようにがんばったもの。
川幅の狭い水路のようなところに入った。
まるでディズニーランドのジャングルクルーズ。川の色だけ違うけど。緑がきれい。
すっかり観光気分。デジャー・ビエラの船長さんはいかにも船長さんといった風貌で、
外国人観光客にも人気。ちゃっかり写真にポーズなんかつけたりしている。
しばらくすると…
無数のちいさな木製カヌーがわたしたちのデジャー・ビエラに向かって両岸から
まっすぐに突進?してきた。
パターンはだいたい同じで、ぼろを着た母親がパドルを操り、パンツいっちょうの
小さいこどもが何の合図か両手をぶらぶらさせて「ひゅー」という声をこちらに
投げかけてくる。船客はビニール袋にいれた衣類や食べ物を彼らに投げている。
見ていると、彼らはずいぶん慣れたかんじでそれらを拾い上げる。ひとつ投げられても
すぐにはとりにいかない。横目でちらりと位置を確認しただけで、船が通りすぎるまでは
「投げて!」の視線を向けつづけ、2つ3つ投げられたところでやっと拾いにゆく。
船が通りすぎると岸の高床式の家に帰っていく。
そんなのが延々と続く。
彼らは、この水路を船が通るたびにこうやって物乞いをしているのだ。
船からみると、いったいあのジャングルの岸辺でどんな生活をしているのか、
食べ物には困らなそうだけれど、現金収入はあるのか、町までどうやって行くのか。
全く想像ができない。
生徒たちは、一応、「勉強しなくちゃ」という気持ちがあるらしく、漢字の本なんか
広げちゃってるけど、ムズカシイことは考えられない頭に入らないのが船の旅の不思議さ。
わたしもお勉強しなさいなんてことは、いわない。いっしょにゲームをしたり
お菓子を食べたりしながら1日が潰れるのを待つ。
明日はいよいよベレーンだ。
11月30日(金)
3日目の朝。
次の森をまがったらベレーンだよ、この次だよ、今度こそだよ、とくねくね水路の行く先を
見つめるこどもとわたし。「いつ着くのー?」と、手すりにあごをのせてもう飽きたと
全身で表現するこどもら。
と、ついにほんものの「林立するビル群」が現れた。船から降りれる…その嬉しさに
ムネがいっぱいになる。
さあ、みんな、これがベレーンだよ。
船着場からタクシーを拾って知り合いのアパートへ。
その間いやに静かなこどもたち。人も車も建物も、けた違いに多いのだから。
お昼の時間を過ぎておなかがぺこぺこだったので、近くのスーパーへ買い物に。
ここですでにカルチャーショックなこどもたち。わたしも赴任してからはじめて
ベレーンに来たときに味わった。「選べる!」という贅沢さ。
水を買うのにもいろんな種類がある!棚が商品で埋まっている!お肉がパック詰め!
でもいざとなるとなかなか手を出せない彼ら。好きなもの買っていいんだよーとは
いってもね。
へこむほどおなかがすいていたので、すぐに作れるラーメンでがまん。
せっかく作ってあげたのに「せんせー、にんじん、かたいー。まずいー。」
いやなら食わんでよろしい。もう作ってやらない。フンッ。
彼らをアパートに残し、わたしはホテルで一休み。
夕方からショッピングセンターに繰り出した。年頃のMは、きらきらした店内に
入るなり目が5倍くらいに大きくなっちゃって、きれいな服やアクセサリーにくぎづけ。
結局、10時になってシャッターが降ろされるまで粘って粘っていくつか購入。
それでもまだ未練が残って、明日もまた来るという。
あまりそんなのに興味のないTくんとYさんは、旅の疲れもあるのに引きずりまわされて
ちょっと不機嫌。
最近のベレーンの観光スポットで、港の倉庫を改造してつくったちょっとおしゃれな
モールに行った。川風に吹かれながら冷たい生ビールで乾杯!
という年齢ではなかった。とにかくおなかすいた、なんでもいいから食べたい、
ギャルソンが来るのを待っている間に眠ってしまう…。お料理がきてみたらとっても
お上品でちょこっとしかのってない…。
なんだか可哀相になってしまった。はやく帰って寝ようね。
12月1日(土)
わたしも疲れている。
自分で足つぼマッサージをして、やっとベッドから起き上がった。
午後からこどもたちを映画に連れていく約束をしていた。ちょうど「ハリーポッター」を
やっていた。休日というのもあって、700人収容の映画館は混み合っている。
チケットを買うのにも、ポップコーンを買うのにも列をつくって待たなければならない。
ベレーンについたとたん、どこに行っても待ってばかり。こどもらは少々
うんざりし気味。(ちなみに、Mちゃんはショッピングセンターに走ってしまって
映画はパス。)
ハリーポッター、期待していたほどのものではなかったけれど、まぁいいのだ。
経験、経験。
12月2日(日)
さあ、いよいよ試験の日。
慣れない場所、たくさんの知らない人。完全に緊張してしまっている。
大きなミスをやらかさない限りみんな合格ラインなのだけど、その大きなミスがコワイ。
マークシートというのは嫌いだ。ひとつの「ずれ」で半年の特訓がパァになるんだから。
たのむよぉ、みんな。
「ダイジョウブ、ダイジョウブ」
いつもの掛け声をかけて背中をおしたけれども。
最初の試験「文字・語彙」が終わって出てきたTくんは明るい顔。
「センセイ!'用事'の'よう'はどう書くの?」
手のひらに書いて見せると
「ヤッター。あってた〜」と大はしゃぎ。漢字が苦手なMちゃんはなんともいえない
顔をしている。次はみんなの得意な聴解だからね。100点とんなさいョ、といって
戸口まで送る。
同じように引率で来ている同期の先生と久しぶりの再開に話に花を咲かせる予定
だったのだけど、お互いに生徒が心配でばたばたしていたので願いはかなわなかった。
12時を過ぎて、みんな疲れきった顔で出てきた。
とにかく、終わったね!おつかれさん。あとは静かに結果をまつばかり。
わたしが熱を出して寝こんだのはこの直後。
12月3日(月)
風邪ではなかった。バクテリアが喉にくっついて、熱が出た。
試験が終わってからで、しかもこどもたちでなくてよかったけれども。
でもこの日から帰る日まで3日間すっかり寝こんでしまって、こどもたちと遊ぶ
計画が…。せっかくの旅が…。悔やまれてならないけど、どうにもならない。
12月5日(水)
帰る日の朝、Tくんが熱を出した。
2日ぶりに彼らの泊っているアパートに行ってみた。ふだん、広々とした田舎で
暮らしているみんなには、都会のアパート生活は窮屈で息がつまる、といった顔を
みんながしていた。センセイは寝こんでいてあてにならないし、自分らだけでは外に
でられないし。といって責められたわけじゃないけれど、申し訳ない気持ちになってしまう。
Tくんは38度の熱がある。これで船で帰ったら大変なことになるんじゃないかと
心配していたけれど、出発するころには熱は下がって元気になったので心配しつつも
船で帰ることにした。5時に船に乗りこみ、出発は7時。
ベレンの大きな夜景を見送って、船はアマゾンを遡る。
あとは船で寝ていれば家に帰れるんだ。
12月6日(木)
さて、また時間をつぶさなければならない。
船の中でよく編物をしているおばちゃんを見かけることがあるけれど、
わたしはそんなモノ、手をだそうとも思わなかった。けれど今回、療養中にお世話に
なった奥様にレース編みをご伝授いただいたのだ。これがけっこういい暇つぶしに
なることが分かった。船の中で読書は向かない。ハンモックが揺れて酔うし、
それよりも船に乗っている時の思考回路というのは、どうもいつもと違うのだ。
先にも書いたけれど、ムズカシイことを理解できなくなるのだ。読めて雑誌かまんが。
こんなとき、手だけを動かせばいい編物はなかなかよい。
途中で、糸がからまってしまった。
一生懸命とこうとしていると、となりのハンモックのおっちゃんが、
「それが解けるくらいの忍耐力があったら、アンタいい奥さんになれるね。」
と冷やかして言う。そういわれたらこっちもあきらめるわけにはいかない。
かれこれ2時間ほどがんばっていたけれど夕方になって手元が見えなくなったので
「今日は」あきらめて明日に持ち越すことにした。
12月7日(金)
朝から糸と格闘。
船は早朝についた町で荷物を降ろすために停まっている。
しかし頑固な糸よ、まったくほどける気もない。ついに、言ってしまった。
となりのおばちゃんに。
「ナイフ、ある?」
ぶっちりと切ってほっとした後、そっと後ろを振り返ると、おっちゃんがニンマリ
笑っていた。
船はまだ動かない。
暇なので荷物を降ろす作業をじっと見ていた。出るわ出るわ、いったいこの船の
どこにそんなに積んでいたのかと思うほど次から次へと運び出される。
ソファから車のタイヤまで。それからビールケースの山。ひとつひとつ手作業で
リレー式に運ぶので時間がかかるのだ。
もう朝ごはんも昼ご飯も食べたのに、まだ作業は続いている。
およそ7時間後、やっと動き出したかと思ったら、給油のためにまた1時間。
まったく、のんびりしている。
明日には町に着くというので、今日は徹夜で遊ぼうと、みんなドミノに熱中。
行きの船では緊張と遠慮で何も言えなかったTくんも、今ではよそのおじさんと
話をしたりもできるようになった。
やはり「かわいいこには旅をさせよ」だ。
10日以上も同じ釜のメシを食べて、みんなが仲良くなったのと、わたしもまた
こどもらに近づいたような気がするのは、今回の何よりの収穫だ。
我が町の明かりが見えた。一同、大喜び。
12日ぶりの我が家。
ベッドに入って目をつぶったが、まだハンモックの揺れは続いていた。